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「自分のテーマに沿った作品だけを追求していきたい」ービル・ラバウンティ

---- 約18年ぶりに日本で自分のライヴをやって、いかがでしたか?
まだ一晩やっただけだけど、みんなの愛を感じることができた。とても感謝しているよ。特に今回は、一緒にアルバムを作ったミュージシャンたちが一緒だから、僕自身もプレイするのを楽しみにしていたんだ。大好きな東京の街でそれができたのだから、感無量だよ。

---- 18年ぶりのニュー・アルバム『BACK TO YOUR STAR』ですが、何故このタイミングでレコーディングを始める気になったのですか?
作曲家として活動してきたのは、第一に生活のためだった。結婚して子供ができて父親としての責任が生まれた時に、自分にとって一番やりやすいと思ったのが、職業作曲家の仕事だった。それに自分自身の音楽が、果たしてマーケットに受け入れられるのかどうか、いつも考えさせられていたからね。自分の活動をギヴ・アップしたわけじゃないよ。でも僕は器用じゃないから、両立は難しいと思っていたんだ。だけど58歳になった時に、ふと思い立って自分のバンドを結成してみた。それこそ、18歳の頃を思い出してね。それを続けていたら、なかなかイイ感じになって来たんだ。それでアルバムでも作ってみようか、という気になった。でもレコードを作るからには、一流の顔ぶれでやりたい。だから近所に住んでいて仲の良いラリー・カールトンを始め、プロデュースまでやってくれたダニー・パークス(g)、それにスティーリー・ダンとも仕事をしていたエンジニアのボブ・ブロックらに声を掛けたんだ。みんなナッシュヴィルでは有名な人たちだよ。ただ全員忙しくて、スケジュールを合わせることができず、時間が掛かってしまったんだ。

---- そうですよね。3年前にロビー・デュプリーの日本公演のゲストで来日した時、既にレコーディング中と仰っていたのを覚えています。
そうなんだ。誰と一緒に作るかは重要なことだからね。少し録っては何ヶ月か休み、また少し録っては暫く休みと、そんなことの繰り返しだった。セッション自体は楽しかったけどね。


ビル・ラバウンティ
バック・トゥ・ユア・スター
---- 曲作りについてお尋ねします。自分自身で歌うために曲を書くことと、誰か他のアーティストに提供する曲を書くことで、モチベーションは違いますか?
ポップ市場に出すような曲を書くには、それなりのワザが必要だ。どうやってキャッチーなサビを作るか、とかね。でも自分のために作る時は、小細工などせず、どこまで創造力を働かせられるかがポイントになる。特に『BACK TO YOUR STAR』は、そうしたヒット曲を作る時のパターンを外すことから始まって、今まで最も自由な環境で作ることができた。誰からも指図されないで作った、初めてのアルバムなんだ。これまでは誰かプロデューサーがいたり、キーボード・プレイヤーが何人もいたして、協調することが求められた。でも今回は商業主義を忘れて、自分が本当に作りたいモノを作ることができた。みんなに協力してもらってね。だから大きなモチベーションの違いがあったと思うな。

---- ビルさんはナッシュヴィル界隈、とりわけポップ・カントリーの世界では、成功したソングライターとして知られています。でも今回はそこから離れて、自分自身のため、ある意味趣味的なアルバムを作ったワケですよね? 周囲の反応はいかがでしたか?
もうナッシュヴィルでの暮らしも長いからね(83年から)。古い友達は僕が何をやろうとしているかを、ちゃんと分かってくれてたと思うよ。中でも今回は、若い世代の反応が良かった。何よりも、16歳になる娘に聴かせた時に、「パパ、スゴイ!」って言ってくれたのが嬉しかったよ。それに最近は、自分の気持ちも変化してきているんだ。これまでは積極的にピーター・セテラとかティム・マッグロウのような大物に楽曲提供してきたけれど、それはもう止めようと思っている。残り少ないアーティスト人生だから、自分のテーマに沿った作品だけを追求していきたいんだ。

---- ナッシュヴィルではライヴ活動も行なっているんですか?
やっているよ。コットン・クラブでのパフォーマンスとは全然スタイルが違っていて、カフェで和気藹々と歌っている。それと、“ギター・プール"というのに時々出演しているんだ。お客さんが車座になっている真ん中に立って、ギターの弾き語りをするんだよ。僕の場合はキーボードだけどね。むかしナッシュヴィルで流行った曲なんかを、自分のスタイルで披露している。これが結構イイ訓練になるんだ。

---- カーブ/ワーナー時代にはシンガー・ソングライターとしてコンスタントにアルバムを出していましたが、あなたの中で当時とどんな部分が変化しましたか?
ワーナー時代と今とは、ソングライターとしてのスタンスが全然違っているね。ワーナー時代はヒット作りが大きな命題として存在していて、レーベルの意向やA&Rの考え方が支配的だった。自由がなかったんだ。作品作りのプロセスが違っていたから、ソングライターとしての自分とアーティストとしての自分の狭間に大きな葛藤があったんだ。僕のようなソングライターが良いアーティストになるには、どうすべきなのか?ってね。スリー・ドッグ・ナイトが<Livin' It Up>を歌ったり、ロビー・デュプリーが<Hot Rod Hearts>をヒットさせてくれたのは、そりゃあ嬉しかったさ。でも僕は、自分がスーパースターになりたいとは思わなかったし、そういうタイプでもない。もちろん、時には妥協も必要だよ。他人の意見を拒絶してるワケじゃないんだ。でも今はレーベルの支配から開放されたところで活動できるので、自分の作品に関しては妥協したくないんだ。

---- いま<Livin' It Up>の話が出ましたが、この曲に象徴されるように、あなたの曲はたくさんのアーティストにカヴァーされていますよね? その中で特に気に入っているトラックはありますか?
たくさんあるので忘れちゃってるけど、すぐに思い出すのは、マイケル・ジョンソンの<This Night Won't Last Forever>だね。チャートに乗ってヒットしたし、今もアメリカのラジオ局では頻繁にオンエアされているよ。音楽出版社の人は、この曲こそエヴァーグリーンだと言ってくれる。マイケルは良い友達で、この曲をとてもウォームに歌ってくれたと思うな。

---- <Livin' It Up>は、最近ロブ・ガルブレイスが取り上げてましたね。私は彼のジャジーなアレンジが大好きなんです。
ロブ・ガルブレイス? 数年前に話を聞いたけど、出来上がったヴァージョンは聴いていないんだ。(CDをプレゼントする) これは彼のニュー・アルバムなんだね? ありがとう。今度ロブに会う機会があったら、感想を伝えておくよ。そういえば、最近アラン・ジャクソンというカントリー界のビッグ・スターが、僕の<Don't Ask Why>という曲をシングルに使いたいと言ってきたんだ。だけど僕はその曲を覚えてなくてね。調べてみたら、18歳の時に書いた曲だったよ(笑) マイケル・ジョンソンも歌っていた。

---- いったい今まで何曲書いたんですか?(笑)
数えられる限りでは、980曲くらいかな。そりゃあ忘れてる曲もあるよ。覚えていたくない曲もね(笑) だから今は積極的に曲作りを続けていくより、僕が以前書いた曲の中から、誰かがイイものを発掘してくれるのを待ってた方が面白いんじゃないかって思ってるくらいだよ(苦笑) 実際はもっと書いたんだけど、ちゃんと出版社のPCに登録されているのが1000曲くらいということなんだ。

---- そもそもビルさんは、子供の頃はどんな音楽を聴いて育ったんですか?
ジャズだね。お爺さんとお婆さんの家に、78回転の高級プレイヤーがあったんだ。そこではもうジャズばっかり聴かされてた。ルイ・アームストロングとかビング・クロスビーの初期のジャズ物とか。ブルースも聴きかじったよ。お婆さんが好きだったんだ。レイス・レコードの作品とかだね。デューク・エリントンやルイ・ジョーダンを大きなスピーカーでガンガン聴いたよ。中学生になるとロックン・ロール旋風が押し寄せてきて、すぐに夢中になった。初めて買ったレコードは、スモーキー・ロビンソン(ミラクルズ)の<Shop Around>だったよ。


BILL MEDLEY
DAMN NEAR RIGHTEOUS
---- シンガーとしてのビルさんは、ブルー・アイド・ソウル・スタイルを得意にしていますが、それはスモーキーからの影響が大きいんですか?
彼に限らず、子供の頃から黒人音楽全般に親しんでいたんだ。プロになった時は、ビートルズやビーチ・ボーイズみたいに演りたくてロックから入ったけど、やっぱり自分が聴いて一番シックリ来るのは黒人音楽だ。ブルー・アイド・ソウルの話が出たけれど、僕にとって最高のブルー・アイド・ソウル・シンガーは、ライチャス・ブラザーズのビル・メドレーだね。だってレイ・チャールズみたいに聴こえるだろ? 彼が白人だと分かった時は、思わず、ワォ!って叫んじゃったよ。それにマイケル・マクドナルド。彼は本当に素晴らしくて、みんなから愛されているね。エタ・ジェイムスとかルース・ブラウンのような黒人の女性シンガーからも影響を受けたよ。でも若い頃の僕の声はクリア過ぎてしまって、いくら歌ってもソウルっぽく聴こえなかった。もっとエッジが必要だったんだ。そこは結構苦労したね。ビル・メドレーには去年会ったよ。彼は最新作の『DAMN NEAR RIGHTEOUS』(07年)で、僕の曲を4曲レコーディングしているんだ。ブライアン・ウィルソンやフィル・エヴァリーも参加していて、素晴らしいアルバムだよ。

---- それではソングライターとしては、どんな人たちに影響されましたか?
まずはランディ・ニューマンだね。ボブ・ディランにもいつもインスパイアされる。最近だとルシンダ・ウィリアムス。彼女は素晴らしいよ。娘がレディオヘッドを大好きなんで、時々聴いてみるんだけど、彼らも悪くないと思う。インディ・ロックもたまには、ね。よく分かってないんだけどさ(笑)

---- (笑) ずいぶんお若いのも聴くんですね? それでは普段好んで聴くのは、どのあたりですか?
マイルス・デイヴィスはいろいろ聴いてる。それにプレスティッジ・レーベルのジャズ、チャーリー・パーカーとか。パーカーはだいぶ前にコレクションを手放してしまったけれど、今また集め直しているんだ。そうそう、スティーリー・ダンは新譜が出れば必ずチェックする。あとは僕の友人たちの作品だね。ジェイ・グレイドンとランディ・グッドラムのユニットは、なかなか良かった。デヴィッド・フォスターの仕事も聴いているよ。僕はいつも音楽を聴いていて、眠る時にも何か好きな音楽をかけてベッドにもぐるタイプなんだ。世の中には全然音楽を聴かない人もいるけれど、僕にはちょっと信じられないな。シーンの動きを探るために、iTunesからダウンロードすることもある。でも本当に自分が好きで心地良く聴けるのは、マイルスみたいなジャズなんだ。

---- ちょっと名前が出ましたが、 J&Rのアルバムは、どうお聴きになりましたか?
素晴らしかったよ。ジェイもランディも、いつもイイ仕事をしてるよね。特に楽曲が魅力的だった。ひとつ批評めいたことを言わせてもらえるなら、是非バンドで演ってほしかったな。でもメロディやハーモニーは素晴らしかったよ。


スティーリー・ダン
ガウチョ
---- あなたはライナーノーツ用のインタビューの時に、「このアルバムにはスティーリー・ダンのインフルエンスが入っている」と仰っていました。友人のロビー・デュプリーさんも、最新作『TIME AND TIDE』について同じことを言ってますし、J&Rもスティーリー・ダン色が強いですよね。ビルさん世代のミュージシャンの間で、最近こうした傾向が顕著なんですが、どう思われますか?
確かにそうだ。でもみんなで一緒に、再評価機運を高めようとしているワケじゃないよ。僕が思うに、スティーリー・ダンの音楽は、もう僕たちの血となり肉となっている。ついこの前も『GAUCHO』を聴きながら、妻とドライヴしたくらいだ。スティーリー・ダンの魅力というのは、様々な音楽性のミクスチャーというところがよく指摘されるけれど、実は歌詞もすごくイイんだ。コール・ポーターを感じさせると言うか、アメリカの伝統を受け継いでいて、クラシックな感じがする。僕も今回はポップ・ソングを作るつもりはなくて、楽曲の構成を広げたいと考えていたんだ。Aメロ、Bメロ、サビ、みたいな単純な形ではなく、ヴァースを長くしたり、いろいろ工夫してね。そういう部分で、スティーリー・ダンに感化された。アルバムの中では、<Fumes>という曲が一番彼らに近いかも知れない。

---- ちなみに、ビルさんのフェイヴァリット・スティーリー・ダンは、どのアルバムですか。
『GAUCHO』だね。デジタル・レコーディングを使った初めてのアルバム。まだシステムが完璧じゃないのに、それでもビックリするくらい綺麗なサウンドなんだ。でもホントは<Peg>も大好きなんだけどね。


フライ・アウェイ
ソングス・オブ・デヴィッド・フォスター
---- ヨーロッパで制作されたデヴィッド・フォスターのトリビュート・アルバム『FLY AWAY』に参加し、映画『PRETTY WOMAN』に提供した<No Explanation>をセルフ・リメイクしていますね? 参加のキッカケはなんだったのでしょうか?
イタリア人のプロデューサーから電話があって、頼まれたんだ。<No Explanation>は自分とデヴィッド、デヴィッドの当時の奥さんだったリンダと共作した曲だから、以前からいつか機会があったら歌ってみたいと思っていた。それで話に乗ることにしたんだ。実は、リンダの作った詞がチョッと気に入らなくて、ホンの少しだけ手を加えたのを覚えている。僕の妻のベッキーも曲作りに加わっているよ。当時はリンダと彼女が友達付き合いをしていて、仕事もよく一緒にやっていた。歌とピアノを入れて、音源のやり取りだけで終わってしまったけれど、完成したテイクはとても良かったよ。

---- 現在はすっかりアーティスト・モードに入っているということですが、次のアルバムはいつ頃になりそうですか?
3年はかからないと思う。来年あたりから、ボチボチ取り掛かろうと思ってるんだ。ミュージシャンの都合もあるけど、どんなに長くても18年はかからないよ(笑) 多分、また同じような顔触れで作ることになるはずだ。そこに何人か、スペシャル・ゲストを迎えてね。

---- マイケル・マクドナルドはどうですか? 彼はナッシュヴィル在住だし、ラリー・カールトンとも親しいですよ。
いいねぇ。頼んでみようかな。

---- 是非、そうして下さい。ところでこの『BACK TO YOUR STAR』は、これからヨーロッパでもリリースされるそうですね。これから世界各地で手に入るようになるんでしょうか?
そうなると喜ばしいね。でも僕の望みは、次第に謙虚になっているんだ。良い作品を作って、オーディエンスに素敵なライヴを見せたい。ただそれだけなんだよ。これはラリーもシンパシーを持ってくれている。今はインターネットなどいろいろな流通形態があるから、無理してメジャー・レーベルと契約する必要なんてないんだ。僕はこれからも自由に音楽をクリエイトしていくよ。
 
(2009.10.9. T.A.C.S. Recordsにて)

ラリー・カールトンをゲストに迎えてのステージ - © 土居政則-Masanori Doi


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